98年参議院選挙における自民党の敗退原因に関する考察

   はじめに

 私は、先日行われた参議院選挙における自民党の選挙地盤を分析し、自民党の選挙地盤が農村や高齢者、中小企業や自営業者にあり、改革の実効性に疑問のあることを指摘する。これは、橋本政権の公約であった六大改革が、逆に自民党の敗北につながった可能性のあることを示すものである。

 また、今回の参議院選挙では、自民党は議席数を激減させたが、得票数はその集票能力に比べて、大幅には減っていなかったことを指摘する。つまり、自民党の弱い支持者(常に支持政党に投票するとは限らない有権者)が、自民党に投票しなかったことこそが、今回の選挙において自民党の敗北をもたらしたと私は考える。

 なお、今回の選挙分析において使用したデータは、比例区の得票数である。私は、ある地域における政党の勢力を分析する際に、比例選の得票数を原データとしたほうが良いと考える。なぜなら、各選挙区の選挙結果は、それぞれの候補者の知名度や演説のうまさなどの個人的魅力によって左右される可能性が高いからだ。また、日本においては、個人後援会と言う独自の組織形態の影響力が大きい点も、比例区の得票数を参考にする理由として上げられる。

   自民党の選挙地盤と改革

 98年の参議院選挙は、今後の政治動向を考える上で、一つの視点を与えてくれる。それは、自民党が保守主義政党であり改革を志向していないということである。特に、自民党支持者の住む地域が特定されてきたことから、このことは推察できる。

 自民党が今回の参議院選挙で議席を得ることができたのは、中国地方や四国、九州、東北、北陸に限られており、京阪神や首都圏の大都市部では軒並み惨敗であった。この当選傾向は、96年の総選挙でも見られた。ただし、今回の選挙結果が前回の総選挙の時よりも顕著に表れた理由は、都市部において野党陣営の候補者が乱立しなかったことにある。野党の候補者の一本化が、今回の自民党の惨敗につながったと考えるのである。逆にいえば、前回の総選挙において、新進党と民主党が都市部での候補者調整を十分に行っていれば、橋本政権はもっと早くに総辞職に追いこまれていた可能性がある。以上の指摘については、表1を参照されたい。

表1 98年参議院選挙比例区のブロック別各党得票率

自民党

民主党

共産党

公明

自由党

社民党

新社会党

さきがけ

二院クラブ

諸派

北海道

23.5

25.4

17.4

13.7

6.4

6.9

1.9

0.7

1.0

3.1

東北

29.0

17.6

11.0

10.2

14.0

10.2

1.9

1.0

0.8

4.3

北関東

26.4

22.3

14.2

13.6

8.7

6.6

1.7

1.2

1.2

4.1

東京

19.0

24.5

18.9

14.5

10.4

5.8

1.0

1.7

1.7

2.5

南関東

20.9

24.1

15.7

13.3

10.4

7.6

1.7

1.3

1.4

3.6

北陸信越

28.3

22.7

12.0

9.6

9.5

10.4

1.3

2.5

0.8

2.9

東海

24.8

26.3

12.5

13.4

9.8

6.2

1.6

1.1

1.0

3.3

近畿

20.7

20.8

19.0

16.8

8.4

6.5

1.7

2.1

0.9

3.1

中国

31.9

18.8

11.1

15.4

8.2

7.5

2.7

0.9

0.8

2.7

四国

33.0

15.7

13.6

15.7

7.5

8.5

1.7

0.8

0.8

2.7

九州

30.3

17.7

11.3

13.7

7.3

11.3

1.5

1.1

0.7

5.1

全国

25.2

21.8

14.6

13.8

9.3

7.8

1.7

1.4

1.0

3.5

 表1から明らかなことは二つある。第一は、自民党の選挙地盤は中国、四国、九州、北陸信越、東北にあったということである。逆の面で特に目を引くのは、東京の得票率である。ここでは、民主党に大差で敗れており、共産党との差は0.1%ポイントである。かつての自民党であれば考えられなかったであろう。

 つまり、自民党の選挙地盤としている地域は、いずれも農村や中都市規模までの地域が多く、いわゆる無党派層の少ない、つまりは以前から自民党支持層の多かった地域である。いいかえると、今回の参議院選挙で、自民党は新しい支持者の獲得に失敗したのである。

 第二は、民主党の大都市部での勝利である。民主党は、北海道、東京、南関東、東海、近畿と、いずれも大都市を含む地域で自民党の得票率を上回っており、都市型住民の支持を獲得したと見られる。ただし、都市型住民の有権者は弱い支持者であることが多く、次回の選挙でも民主党に投票するかどうかは確定しているわけではない。ちなみに、北海道は、民主党の有力者である鳩山由紀夫氏や横路孝弘氏の地元だったことも、得票率の高かった理由の一つと考えられる。

 以上のように、自民党の基盤は農村にあり、高齢者にあり、また各種の利益団体、業界団体にあると考える。それらは官僚組織と密接な関係をもっている。それらの力によって、また地方への利益還流の公約によって、自民党は今までの選挙に勝利することができたと考えるのである。

 ところで、現在の日本の抱える重要な政策の多くは、既得権益にメスを入れるものである。こうした政策を実行する最大の障害は自民党の下部構造にあるということに、注意を要する。例えば、郵政三事業の民営化は、自民党の有力な支援団体である全国特定郵便局長会の猛烈な反対を受けて、公社化へと後退した。

 このように、改革案が後退した例もあるが、橋本内閣の進めた政策の基本は、改革志向であったために、以前からの支持者の中には、今回の参議院選挙で自民党に投票しなかった人もいるのではないかと思われる。

   自民党支持者の投票行動

 しかし、自民党を強く支持する人々の多くは、自民党に投票したようである。ここでは、過去の選挙との比較からそのことを実証したい。

 表2を見ると明らかな点は二つある。第一は、共産党の躍進である。投票率の上昇を超える規模で得票数が伸びている。この点に関する指摘は、マスコミなどでも多く取り上げられているので、本稿では論じない。

 第二は、自民党の98年参院選の得票数が基礎票分を得ているということである。基礎票を数値化するのは難しいが、95年の参議院選挙のように、極端に投票率の低かった選挙で得た票は、その政党を強く支持している有権者が投じたと考えることができる。そこで、投票率の上昇分を単純に計算すると、投票率58.8%時における自民党の得票数は約1470万票となる。たしかに、今回の参議院選挙で、議席数においては自民党は大敗を喫した。しかし、得票数では、それほど実力以下の数字を出したわけではなかったのである。

 では、今回の参議院選挙と投票率のほとんど同じだった、96年の総選挙で自民党に投票し、今回の参議院選挙では自民党へは投票しなかった400万人の人々は、どう行動したのであろうか。読売新聞の追跡調査によれば、20%程度は民主党に投票したようである。また、今回の選挙を棄権した人は1割にもみたず、いわゆる無党派層よりも政治に対する参加意識のあることをうかがわせる。

表2 過去の選挙における比例区の各党得票数

自民党

新進党

自由党

公明

民主党

社民党

共産党

さきがけ

投票率

95年参院選

11096972

12506322

6882918

3873954

1455886

44.50

96年衆院選

18205955

15580053

8949190

3547240

7268743

582093

59.62

98年参院選

14128719

5207813

7748301

12209685

4370761

8195078

784591

58.83

注1 96年衆院選の民主党は旧民主党の得票数。
注2 95年社民党は社会党の得票数。

   おわりに

 以上のように、今回の参議院選挙で自民党が敗北したのは、大きな原因として支持者の拡大に失敗したこと、技術的ながら重要なこととして野党の選挙協力の、二つにあると思われる。

参考文献

朝日新聞選挙本部編『朝日選挙大観』、各年。

北岡伸一「危機克服、指導者に権力集中を」『This is 読売』1998年9月号。
小林良彰「『党より経済』の有権者」『読売新聞』1998年7月23日、論点。
柴田光蔵「政党未熟で無党派層反乱」『読売新聞』1998年7月16日、論点。
読売新聞世論調査部編「『参院選追跡』世論調査」、1998年7月26日(概要)。